サン・ネクテール
: UPDATE /
1ヶ月半ごとに学校休暇のあるフランスでは、2月上旬から3月上旬にかけての2週間、多くの人たちがスキー旅行へ出かけます。このために通称「スキーバカンス」と呼ばれるこの休暇は、期間中に旅行者やスキー場などの混雑を分散することを目的に、全国が3ゾーンに分けられ、それぞれの休暇期間がずらされます。
数年前に、このことは当コラムで触れさせていただきましたが、今年のスキー旅行に家族で久々にオーヴェルニュへ行ってきました。以前はこの地方の雄大な自然と歴史、そして名高いチーズ全般についてご紹介させていただきましたが、今回はサン・ネクテールの魅力に集中したいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。
数年前に、このことは当コラムで触れさせていただきましたが、今年のスキー旅行に家族で久々にオーヴェルニュへ行ってきました。以前はこの地方の雄大な自然と歴史、そして名高いチーズ全般についてご紹介させていただきましたが、今回はサン・ネクテールの魅力に集中したいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。

(日本で山を見ながら育った私にとって、オーヴェルニュの山景色には何かホッとさせられるものがあります。写真の右上に写っているのが雪化粧をした山々で、冬は素晴らしいゲレンデと化すのです。)
キリスト教における「聖人」を意味する「サン」のつく地名は、アメリカの世界的有名都市サンフランシスコのように西洋に数々ありますが、サン・ネクテールは、その地名よりもチーズの名で広く知られています。
このチーズは、フランスの中央高地に位置するオーヴェルニュの豊かな自然の中で育った牛の乳で作られた、この地方を代表するセミハードタイプチーズです。赤みのあるベージュや灰色がかった白カビ外皮に包まれたアイボリー色の中身は、滑らかな口当たりとヘーゼルナッツの香りを連想させる味わいが特徴。円盤状の中型のチーズで、直径約21cm、厚みは約5cm、重さは1.4キロから1.8キロ程度です。
このチーズは、フランスの中央高地に位置するオーヴェルニュの豊かな自然の中で育った牛の乳で作られた、この地方を代表するセミハードタイプチーズです。赤みのあるベージュや灰色がかった白カビ外皮に包まれたアイボリー色の中身は、滑らかな口当たりとヘーゼルナッツの香りを連想させる味わいが特徴。円盤状の中型のチーズで、直径約21cm、厚みは約5cm、重さは1.4キロから1.8キロ程度です。

聖ネクテール
聖ネクテールは、3世紀頃にオーヴェルニュ地方で活躍した福音伝道師です。生まれはコンスタンティノープル、現在のトルコ、イスタンブールと言われています。裕福な家庭に生まれるものの、両親を早く亡くし、彼の財産を狙う者たちに濡れ衣をかぶせられ、故郷を追われます。逃れ先のローマでキリスト教に出会い改宗し、伝承では、イエス・キリストの12使徒の代表格とされている聖ペトロに洗礼を受けたことになっています。
ちなみに、ローマ市内のバチカン市国にあるカトリック教会の総本山、サン・ピエトロ大聖堂は、聖ペトロの墓所の上に建てられたと伝えられます(サン・ピエトロは聖ペトロのイタリア語)。この大聖堂ほど世界的に知られていないものの、サン・ネクテール村にある同名の教会も、聖ネクテールの墓所の上に建てられたとされています。ここ数年間の統計によると、世界最小の独立国家であるバチカン市国と、サン・ネクテール村の人口が両方約800人という偶然の共通点も面白いですね。
この村がサン・ネクテールと呼ばれるようになったのには、地元の聖人にまつわるこのような経緯が由来しています。日本でも夕張メロンや神戸牛など、その土地の名前が食品に使われている例は珍しくありませんが、サン・ネクテールもまた、このチーズが作られてきた土地の名前がそのまま食品名になったと言えるでしょう。
ちなみに、ローマ市内のバチカン市国にあるカトリック教会の総本山、サン・ピエトロ大聖堂は、聖ペトロの墓所の上に建てられたと伝えられます(サン・ピエトロは聖ペトロのイタリア語)。この大聖堂ほど世界的に知られていないものの、サン・ネクテール村にある同名の教会も、聖ネクテールの墓所の上に建てられたとされています。ここ数年間の統計によると、世界最小の独立国家であるバチカン市国と、サン・ネクテール村の人口が両方約800人という偶然の共通点も面白いですね。
この村がサン・ネクテールと呼ばれるようになったのには、地元の聖人にまつわるこのような経緯が由来しています。日本でも夕張メロンや神戸牛など、その土地の名前が食品に使われている例は珍しくありませんが、サン・ネクテールもまた、このチーズが作られてきた土地の名前がそのまま食品名になったと言えるでしょう。

(サン・ネクテール教会にある聖ネクテールの像。)
サン・ネクテール教会
1150年頃に建立されたと考えられるサン・ネクテール教会は、中世ヨーロッパを代表する宗教建築です。その特徴である重厚な壁、修飾的な要素だけでなく構造的安定性ももたらす力強い半円アーチや、神秘的な光と影のコントラストを作る小さな窓などが生み出す荘厳な美しさで知られます。オーヴェルニュは古代から様々な種類の火山活動から生まれた地です。そんな大自然が生み出した火山岩で造られたサン・ネクテール教会の外観の色が同名チーズの外皮の色にそっくりに見えてしょうがないのですが、そんな事にロマンを感じるのは、私だけでしょうか?

チーズ、サン・ネクテールの歴史
前述の教会が建立された中世の時代、この地方の多くの農民たちは、年貢をチーズで納めていました。ライ麦の藁の上で熟成されたため「ライ麦チーズ」と呼ばれたもので、これがサン・ネクテールの先祖と考えられています。
サン・ネクテールというチーズの名前が初めて記録上登場したのは、太陽王と呼ばれたルイ14世が絶対政権を確立し、フランス国王として君臨した「偉大な世紀」とも呼ばれる17世紀後半のことでした。
それまで、生産者が家庭用として食べていた地方特有のこのチーズが、国王の食卓に登場したのです。この出来事に貢献したのが元帥のアンリ・ド・ラ・フェルテ=セネテール(1599-1681)でした。彼が献上した故郷のサン・ネクテールを王が非常に気に入り、遠く離れたオーヴェルニュからヴェルサイユ宮殿まで調達されるようになったのです。
冷蔵運搬技術が存在しなかった時代、この長距離輸送を最短にする工夫として陸路と水路が組み合わされました。つまりこのチーズは、山道はロバの背を、急流や浅瀬のある河川は舟頭たちの操縦する舟を経てようやく都に到着したのです。悪天候や盗賊などの危険も伴う大アドベンチャーとも言えますね。
そしてこの元帥の「セネテール」という名前が「サン・ネクテール」に変化し、このチーズの名前になったという興味深い説も存在します。
19世紀まで、すべてのサン・ネクテールは、中小農家が自前の牛乳で作る農家製のフェルミエ・チーズでしたが、20世紀に入ってから、乳製品製造場で複数の農場から集めた牛乳を加工して作る、乳製品工場製のレティエ・チーズが登場します。
また、当チーズの生産体制も組織化されていきます。1935年に一部の郡で畜産と乳製品改良組合が設立されます。その後、1954年にサン・ネクテール生産者組合が誕生し、その翌年1955年に原産地統制呼称(AOC)登録されました。
そして、フランス人の好むチーズ・トップ10に常に選ばれるサン・ネクテールは、現在では農家製だけでも年間約8000トン製造されるそうです。
サン・ネクテールというチーズの名前が初めて記録上登場したのは、太陽王と呼ばれたルイ14世が絶対政権を確立し、フランス国王として君臨した「偉大な世紀」とも呼ばれる17世紀後半のことでした。
それまで、生産者が家庭用として食べていた地方特有のこのチーズが、国王の食卓に登場したのです。この出来事に貢献したのが元帥のアンリ・ド・ラ・フェルテ=セネテール(1599-1681)でした。彼が献上した故郷のサン・ネクテールを王が非常に気に入り、遠く離れたオーヴェルニュからヴェルサイユ宮殿まで調達されるようになったのです。
冷蔵運搬技術が存在しなかった時代、この長距離輸送を最短にする工夫として陸路と水路が組み合わされました。つまりこのチーズは、山道はロバの背を、急流や浅瀬のある河川は舟頭たちの操縦する舟を経てようやく都に到着したのです。悪天候や盗賊などの危険も伴う大アドベンチャーとも言えますね。
そしてこの元帥の「セネテール」という名前が「サン・ネクテール」に変化し、このチーズの名前になったという興味深い説も存在します。
19世紀まで、すべてのサン・ネクテールは、中小農家が自前の牛乳で作る農家製のフェルミエ・チーズでしたが、20世紀に入ってから、乳製品製造場で複数の農場から集めた牛乳を加工して作る、乳製品工場製のレティエ・チーズが登場します。
また、当チーズの生産体制も組織化されていきます。1935年に一部の郡で畜産と乳製品改良組合が設立されます。その後、1954年にサン・ネクテール生産者組合が誕生し、その翌年1955年に原産地統制呼称(AOC)登録されました。
そして、フランス人の好むチーズ・トップ10に常に選ばれるサン・ネクテールは、現在では農家製だけでも年間約8000トン製造されるそうです。
製造過程
チーズ全般の基本製造課程を経た後、サン・ネクテールとなるチーズは塩漬けされ、布で包まれ浅い型に移されます。そして圧縮機にかけられ、型から取り出されます。
この後、最低28日間熟成されます。サン・ネクテール独特の風味やしなやかな食感、そして外皮が形成されるのがこの段階です。塩水で4、5回洗い、ひっくり返し、週に2回チーズの表面をこすることにより均一した皮が形成され風味も調整されます。
このように手をかけて、牛乳から作られたチーズの中でも特にタンパク質とカルシウムの高い美味しいサン・ネクテールが出来上がるのです。
この後、最低28日間熟成されます。サン・ネクテール独特の風味やしなやかな食感、そして外皮が形成されるのがこの段階です。塩水で4、5回洗い、ひっくり返し、週に2回チーズの表面をこすることにより均一した皮が形成され風味も調整されます。
このように手をかけて、牛乳から作られたチーズの中でも特にタンパク質とカルシウムの高い美味しいサン・ネクテールが出来上がるのです。

(サン・ネクテールを型から出し布をとる作業。チーズの上に見られる楕円形の緑の物はタンパク質で作られたカゼインマーク。このチーズが農家製であること、その品質、生産者を印し、トレーサビリティを確保するためのものです。)
おいしい味わい方
サン・ネクテールは、そのままでとても美味なのですが、加熱してもとろりと溶けて食べ甲斐があり、様々な料理に合います。最近では、フォンデュで楽しむ人も増えています。冬はスキーの後に熱々グラタンで食べるのも、夏はハイキングで美味しいパンと味わうのも良いですね。

(山村のパン屋さんで売っていたキッシュにもしっかりローカルチーズが使われていました。右がサン・ネクテールのもので、その場で温めてくれたのですが、しっかりとした味わいで美味しかったです。)
サン・ネクテールの名前の語源であるラテン語の「ネクタリアム」は蜜に関連し、古代神話に出てくる神々の飲み物にも関係しています。様々な要素が織りなすこのチーズの奥深い味わいも、オーヴェルニュの豊かな自然と歴史が作り出した神聖なものなのだと、普段は花より団子の私ですらふと考え、この大地との一体感を感じることができました。

(オーヴェルニュ地方は、ナイフ作りの伝統も誇ります。今回の旅行で夫が購入したチーズナイフ。柄の部分にローカルの火山石を使用した優れ物です。早速、家に持ち帰った丸ごとのサン・ネクテールを食べる時に使って気づいたのですが、チーズの色ととてもマッチしています。)