この夏世界が注目するパリ ~五輪、そして新チーズ博物館~

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いよいよ今月26日に開幕するパリ2024オリンピックを控え盛り上がるフランス。2010年にユネスコの無形文化遺産に「食の伝統」として登録された仏料理を誇るこのグルメ国が大会関係者たちに用意する食事サービスも前代未聞です。

パリ五輪が生み出す世界最大のレストラン

大会中、オリンピック村に合計3,300席という世界最大の「レストラン」が設置され、合計1万5千人の選手たちのために24時間体制で、毎日約4万食が提供されます。使用される80%の食材が自国産で、その中には、もちろんフランスが誇るチーズも。カマンベールとブリー、そして羊乳で作られたオッソー・イラティが主に登場するそうです。

世界をリードする選手たちの体作りに欠かせない毎日の食事。各国から集まった選手たちが日頃の食生活を維持できるように考慮されたバラエティに富んだ選択肢も大きな特徴です。フランス、多国籍、アジアそしてアフリカ・カリブ料理というカテゴリーに分かれ、多様なサラダ、麺類、肉や魚のグリルなどがメニューに並びます。温かい料理だけでも毎日約50種類が用意されるそうです。

グルメなフランス流おもてなし

フランスの食文化を満喫してもらうという趣旨で、オリンピック村では毎日、国を代表するシェフたちが選手たちの前で料理の腕を披露。

朝ごはんには、焼きたてのユネスコ無形文化遺産であるバゲットやその他のパンが選手たちに用意され、自分でバゲットを作ってみるお試し体験レッスンも可。

また、今回の大会のために地元シェフたちがレシピも特別開発したそうです。ポーチドエッグとアーティチョーククリームの上に削ったトリュフと羊乳チーズのトム・ド・ブレビを添えたクロワッサンがその例です。ベジタリアンで食べ応えのある洗練されたこのフレンチ・スナックにも、しっかりフランスの豊かなチーズ文化が反映されているのです。

パリに誕生した新チーズ・ミュージアム

100年ぶりにパリが舞台となる今回の五輪で新たな歴史が刻まれるのは確実ですが、フランスのチーズ史においても先月重要な出来事がありました。パリ・チーズ博物館の開館です!
Musée du Fromage de Paris「MUSÉE(ミュージアム)」に続く✓マークの上に書かれた「VIVANT」は、生きたという意味で、この博物館では、並べられた静物を鑑賞するのではなく、チーズを生きたものとして感じて接してほしいという意気込みが感じられます。
Musée du Fromage de Paris「MUSÉE(ミュージアム)」に続く✓マークの上に書かれた「VIVANT」は、生きたという意味で、この博物館では、並べられた静物を鑑賞するのではなく、チーズを生きたものとして感じて接してほしいという意気込みが感じられます。)
場所はパリの中心を流れるセーヌ川の中州で、この街の発祥地とも言われるサンルイ島。華の都パリを代表する美しい街風景を誇り、島内にゴージャスな住居を構える有名人も少なくありません。遥か昔、島の一部は「牛の島」と呼ばれ、牛たちの牧草地だったそうです。国内で生産されるチーズの9割以上が牛乳を原料としているフランスにオープンした初のミュージアムがこのような歴史ある場所に誕生したことにも趣があります。
セーヌ川に浮かぶサンルイ島。
(セーヌ川に浮かぶサンルイ島。)

新しいチーズの聖地

今まで、フランス中にカマンベールやロックフォールなど、それぞれの地方を代表するチーズに関する博物館は存在していましたが、フランス全体のチーズ文化をテーマとするものは存在していませんでした。この新ミュージアムがチーズ王国であるフランスの首都にできたことに深い意義を感じます。

チーズ博物館の生みの親ピエール・ブリッソンさんの情熱

チーズへの情熱とその素晴らしい文化と伝統を伝えていくという信念を持ってこのプロジェクトを見事に実現されたのが、ピエール・ブリッソンさんです。葡萄酒産地として名高いボジョレーのワイン製造者の家庭に生まれた彼は、幼い頃からチーズが大好きで、代々ワイン作りに携わってきた家系に受け継がれる研ぎ澄まされた味覚の持ち主なのでしょう。子供時代から究極の大人の味とも言えるエポワスが一番のお気に入りという正真正銘のグルメです。
 
チーズのことを知れば知るほどブリッソンさんのチーズへの情熱は趣味の範囲を超え、やがてこれが彼のライフワークとなっていきます。そして2013年末にチーズの素晴らしさをより多くの人々に知ってもらうことを目的に「パロル・ド・フロマージェ(チーズ屋さんの発言)」という名の会社を設立。酪農家、チーズ製造者からチーズ販売者までチーズに携わる専門家同士の繋がりを深め、その養成とチーズ学教育に専念されます。そして2017年に同名ショップを開店し、チーズの販売だけでなく、その熟成、それらを味わえるチーズ・バー、そしてチーズ作りの講座も受けられる場所が誕生したのです。その後、2号店もオープン。このような過程を経て彼がずっと温めてきたチーズ博物館設立の夢は計画から現実へと姿を変えて行きます。
館内でチーズ学の説明をするブリッソンさん。
(館内でチーズ学の説明をするブリッソンさん。)

新型チーズ・ミュージアムへようこそ!

パリ・チーズ博物館は1639年築のアパルトマンの一階全フロアと地下のカーヴからなっています。これって日本では南蛮船入港が禁止され鎖国が始まった年なので、それだけでもすごいものを感じてしまいます。外観は可愛らしくこぢんまりしているのですが、いったん中に入るとその広さにびっくり。館内はオーガニックな木の壁で居心地の良いモダンな空間に仕上がっています。最新のインタラクティブ・パネルにも木を使用し、大切にすべき古き良きものが最新技術と趣味よく調和され共存している感じが素敵です。
チーズ誕生の歴史から、この食品に関する様々な情報、製造に関わるサイエンスなど、歴史的オブジェからインタラクティブ展示を通して学べます。館内では、チーズ作りの実演もあり、多様で豊かな手段で大人も子供も楽しくチーズについての知識と教養を得られる新型ミュージアムです。
質問に答えた後に「あなたはどのチーズ?」を診断してくれるチーズ占いまで見つけました。
農業や職人業に就職を希望する若者が減っているという問題を抱えるのは日本だけでなくフランスも同様。食品の産業化が更に拡大する一方、品質にこだわる酪農家や専門職人たちから成り立つ手作りチーズのノウハウとその魅力を伝え継承し、次世代に繋がるチーズ専門家たちを育てていくという重要なミッションをこの博物館は担っているのです。

そして至福のテイスティング

館内見学の後は、歴史溢れる地下カーヴでテイスティング・タイム。ここではチーズだけでなくワインも登場。フランス語でワインを更に楽しむために様々な食品や料理を組み合わせることを「マリアージュ(結婚)」と呼びますが、その中でも最高の相性とされるのがチーズです。ここでは代々ワイン製造者という家庭環境で培われたブリッソンさんのワインの知識にも脱帽。チーズを味わうという体験の中に、食べ慣れた味を安心して楽しめる日常的な喜びから、新たな味や味わい方を体験する感動を人々にもたらす彼の才能には天与の資すら感じました。

ブリッソンさんの丁寧な説明に従いながらチーズとワインを交互に味わい、普段ならすっかり見逃している繊細でほのかな味覚までを最高の「マリアージュ」とともに発見し、奥深いチーズの世界を堪能することができました。

この日はブリッソンさんご自身から手ほどきを受けながらのテイスティング。
(この日はブリッソンさんご自身から手ほどきを受けながらのテイスティング。)
そして、パリ・チーズ博物館で見て食べたチーズの感動をお土産という形にする事を可能にしてくれるのが館内のミュージアム・ショップです。驚くほど素晴らしいセレクションの一流チーズが揃っています。
 
また、そこに並んで販売されているチーズに合うグルメ食品、様々な器具、かわいいグッズの中からこんな素敵なモノまで見つけました。
 
この夏、オリンピックで世界中が注目するパリ。グルメの都にできたパリ・チーズ博物館は、大会後も大期待されるチーズ界の新しいスター選手です。
深作 るみ

京都生まれのフリーライター。夫と子供3人でフランス在住。