クリスマスの都ストラスブール
: UPDATE /フランスでクリスマスというと、みなが連想する街がストラスブールです。1570年まで歴史を遡る、ヨーロッパ一古いクリスマス・マーケットで有名です。伝統的な中世の建物がいくつも残り、まるでおとぎの国のような旧市街は、1988年に世界で初めて一都市の一地域が全体としてユネスコ世界遺産に登録されました。街中がメルヘンに満ちたデコレーションとイルミネーションで飾られ数々のスタンドが並ぶストラスブールは、この季節クリスマスの首都と化します。毎年約2百万人の観光客たちが訪れるそうですが、今年は11月25日から12月26日まで開催されます。
(左/街のシンボルである大聖堂周辺にスタンド小屋が設置され雰囲気満載のクリスマス・マーケット。中央/ライトアップされた美しいデコレーションの建物も普段とは異なるクリスマスならではの華やかさがあります。右/マーケットにはクリスマスの飾りやオブジェだけでなく工芸品なども揃い目を楽しませてくれます。)
(左/クリスマス・マーケットのストリートフードも魅力的です。名物ブレーツェル(プレッツェル)のスタンドでは、吊り下げられたプレーン・ブレーツェルの下に生ハムやマンステール、モッツアレラ、シェーブルなどのチーズをあしらったグルメ・ブレーツェルが並んでいました。中央/お菓子屋さんのクリスマス・デコレーションも美しく見事でした。右/デコレーションの中心をなす可愛いクリスマス・リースのアップ写真。なんとブレドルと呼ばれるアルザス伝統のクリスマス・クッキーでできているのです!)
街道の街ストラスブール
(左/夜のストラスブール大聖堂。1176年から数世紀かけて建設されたこの石造りのカテドラル(大聖堂)は見事142メートルの高さです。巨大であるのに全く重みを感じさせないレースのような繊細な美しさに見とれてしまいました。右/大聖堂内にある天文時計も有名です。ルネサンス時代の傑作で19世紀半ばに現在の内部機構が一新されました。様々な人形たちのカラクリも素晴らしいですが、精密さをもって天文データまでも計算してしまう驚異の時計です。)
創意の街ストラスブール
1450年頃にルネッサンス三大発明のひとつである西洋初の活版印刷術を完成させたのがドイツのグーテンベルク。その前に約10年間ストラスブールで暮らした記録が残っており、彼のプレス印刷機の発想はここで生まれたと考えられています。
1605年にドイツ人製本職人のカロルスが、世界新聞協会が史上初とする新聞を発行します。
そして、1792年にフランス人将校で音楽家のルージェ・ド・リールが、仏国歌『ラ・マルセイエーズ』を作詞作曲します。ストラスブールに配属中だった彼は、フランス軍の士気を高めるための行進曲を依頼され一日で書き上げたと言われています。
その他にも16世紀にはキリスト教の宗教改革の中心人物の一人であるカルバンが祖国フランスを追われ当時ドイツ領であったストラスブールで数年過ごします。18世紀にはドイツの文豪ゲーテがフランス的教養を身に着けるために当時仏領にあったストラスブール大学で学びます。境遇は異なりますが、二人ともこの地で実の多き時期を過ごしています。
歴史に大きく貢献したこれらの創作や人物。フランスかドイツかと考えるより、ストラスブールならではの豊かなマルチ文化の環境で育まれたと考えたほうが正しいような気がします。
(左/グーテンベルク像でおなじみの彼の名前がついた広場。クリスマスの季節は美しくライトアップされ通常以上に人々で賑わいます。右/ルージェ・ド・リールが『ラ・マルセイエーズ』を初めて披露した場所を示す石プレートも街の中心で見つけました。この歌の原題は『ライン軍のための軍歌』だったのですが、革命防衛のためにパリに入城したマルセイユ連盟兵が歌っていたことから今の題で知られるようになりました。)
マンステール
(左/マンステールAOPはヴォージュ山脈の東側のアルザス地方と西側のロレーヌ地方で作られています。大きさにより最低14~21日間の熟成期間の間、何度も洗われるためマンステールの表皮は湿っており一般的にはオレンジかかった色で中身はクリーミーです。右/ストラスブールのグルメ・レストランで食べた美味なマンステールは、珍しいピンク色でした。サラダとバターの間に添えてあるのはセリ科の植物の果実であるキャラウェイで、昔から香辛料としてヨーロッパで食べられてきたものです。マンステールをこれと合わせて味わうのがアルザスの典型的な食べ方です。)
元祖ウォッシュタイプ・チーズの歴史
ひとつの伝説によると、チーズ当番となった若い修道士がある日チーズにカビが生えているのを見つけました。そこで、当時食品の殺菌に使われていた塩水をこすりつけました。これを数週間つづけていると、チーズの表面がべったりと湿りオレンジ色になり、強い臭いを放つようになってしまいました。これはとんでもない事になったと後悔しても、厳粛な戒律を守って生活している修道士にとって食べ物を粗末にすることはもってのほかです。仕方なく勇気を出して食べてみると、肉のような旨みが口中に広がるではないですか。年長者の修道士たちにも試食してもらうと、皆が舌を打って美味しがり、このようにしてマンステールが作られるようになったというのです。
修道院とチーズの深い関係
祈りと労働をモットーとしたベネディクト会の修道士たちは、修道院を賄う食糧を自分たちで作るだけでなく、残ったものを外に販売して収入源としました。広く環境の整った熟成カーヴ(地下貯蔵庫)を所有する修道院で、労働を惜しまず規則正しい生活を厳守する修道士たちの手により高度な製造法を必要とするチーズ、ワイン、ビールなど保存の効く発酵食品が作られるようになりました。こうして各地の修道院で名産品が生まれ、グルメの的になっていったのです。
(フランス人には、修道士=美味しいチーズというイメージもあるようで、これをマーケティングに使用しているのが半世紀以上の歴史を持つ大衆ブランドのショセ・オー・モアン(修道士の道)です。コミカルな修道士たちが登場し「お許しください。でもおいしすぎ!」のキャッチコピーで終わるTVコマーシャルも昔からお馴染みです。)
うま味のサイエンス
うま味は、体に欠かせないタンパク質が食物の中に豊富であることを脳に知らせるシグナルの役割を果たしています。うま味が感じられるものを美味しいと認識することにより人はその食物を積極的に食べ、タンパク質をしっかり摂取するのです。
食物を発酵や熟成させるとタンパク質の分解が進み、うま味の主成分であるアミノ酸のグルタミン酸が増えより美味しくなります。新鮮な肉を熟成させるとうま味が増すように、発酵食品のチーズも熟成されると更に味が豊かになるのはこれが理由です。しかもウォッシュタイプのマンステールは、塩水で洗うことによりブレビバクテリウム・リネンスという名の細菌がチーズに成長し、これから発生する気体がジビエ(狩猟した野生鳥獣の肉)も連想させる独特の臭いを放つのです。チーズのうま味にこれが輪をかけ、マンステールを食べた修道士たちに肉を思い浮かばせる満足感を与えたのでしょう。
修道士たちの食欲をそそったマンステールのうま味は、質素な食生活の中でも彼らに味わう楽しみをもたらしただけでなく、健康に欠かせないタンパク質の摂取を促した自然の知恵とも言えます。
汎ヨーロッパから世界へ
これらの経緯を考えただけでもマンステールは、欧州議会の所在地ストラスブールを象徴するに相応しい汎ヨーロッパ的チーズであると言っても大げさではないのではないでしょうか?
ヨーロッパ最大の祭で、今では宗教を越えて世界中で祝われるクリスマス。この季節、クリスマスの都ストラスブールの幻想的な美しい風景を思い浮かべながら味わうマンステールは格別で、ヨーロッパの深く豊かな歴史と文化の薫りが溢れています。
少し早いですが、皆さまも素敵なクリスマスをお過ごしください!
(アルザス地方の名物フラムキューシュ。イーストを使わない生地にフロマージュ・ブランを塗り、細切りベーコンと玉ねぎをのせて焼いたアルザス版ピザです。この時期から何かと増えるパーティなどでも喜ばれる一品で、写真のようにマンステールをのせると更に美味しく豪華になります。)