山の麓の結婚式

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気候の良い9月に結婚式を挙げるカップルは多く、今月初めに結婚式を挙げた従弟のマキシムとルイーズもそうです。この数年間、このカップルは夏と冬にフランス、スイス国境のモンブランを臨むアルプスの山々に抱かれた町メジェーブ(Megève)で休暇を過ごしています。
パリからは車で6~7時間かかり、(フランスの高速鉄道)TGVと電車を乗り継ぐと約7時間かかります。パリ・ジュネーブ間を1時間強のフライト後、ジュネーブからレンタカーもしくはタクシーを使って1時間20分ほど行くこともできます。このエリアはスキー場で有名ですが、高い山々を背景にした緑の丘や、高山植物の花が咲く夏も美しい場所です。
カウベル(アルプスで放牧される牛の首につける大きな鈴)とジェラニウムがアクセントになった窓辺
カウベル(アルプスで放牧される牛の首につける大きな鈴)とジェラニウムがアクセントになった窓辺
山裾の町から山頂へ登るにはたくさんの登山道、ハイキングルートが整備されており、途中までは写真のようなロープウェイもあります。
ロッシュブルン(Télépherique de Rochebrune)のロープウェイ
ロッシュブルン(Télépherique de Rochebrune)のロープウェイ
オートサヴォア観光局のHPより写真をお借りしました。
夕方ロープウェイを降りて、ハイキングルートを小一時間ほど登っていくと結婚式の前夜のパーティの会場である山小屋に着きました。木造の昔ながらの山小屋はシャレー(Chalet)と呼ばれます。
山小屋の室内
山小屋の室内
結婚式の前夜パーティは二組に分かれて行われ、カップルの親世代は麓のレストランでお祝いディナー、若者世代はこの山小屋でのパーティでした。
往復に計3時間ほどハイキングコースを歩く山小屋のパーティは、なるほど20代後半から30代の招待客がほとんどでした。
トナカイの角のシャンデリア
トナカイの角のシャンデリア
結婚のお祝いを週末の2~3日かけて行うのは、それほど珍しくありません。
パリ在住の招待客が遠方の会場に泊まりがけで来る場合は特にこのような形式になります。
スープ・オウ・カユー(Soupe au Caillou)、フランス東部の郷土料理「石」をいれて煮込んだスープ
スープ・オウ・カユー(Soupe au Caillou)、フランス東部の郷土料理「石」をいれて煮込んだスープ
従弟も去年の9月に南仏で挙式した義弟も、前夜祭ディナーから始まり、翌日の夜に結婚式・披露宴、翌朝のブランチまでしていました。
スープにたっぷり乗せるおろしたエメンタール
スープにたっぷり乗せるおろしたエメンタール
シャンパンを片手に1時間ほどおしゃべりをした後にまず供されたのが、この野菜スープです。石入りスープのスープ・オウ・カユー(Soupe au Caillou)には、ポワローねぎ、かぶ、にんじん、じゃがいも、インゲン、香り付けにローリエも入っていました。ボウルに注がれ、カリカリにグリルしたバゲットのスライスと、たっぷりのエメンタールチーズを乗せて供されるスープ。夕方、急に寒くなる山を歩いた招待客に、素朴で熱々のスープが喜ばれていました。気になる「石」は見なかったのですが、火にかかった大鍋の中でスープが対流するため、鍋に沈んだ石がぐらぐらと動き、具材の野菜と擦れ、良い煮上がり具合になるということらしいのです。丸みを帯びた河原の石などが使われるそうですが、面白い発想ですよね。
サヴォワ地方のチーズグラタン、奥の暖炉でこんがり仕上げるタルティフレット(Tartiflette)、そして手前の大型チーズ、ラクレット(Raclette)、黒いラクレットグリルはアーム部分の下が熱くなり、下のチーズを表面を溶かす。
サヴォワ地方のチーズグラタン、奥の暖炉でこんがり仕上げるタルティフレット(Tartiflette)、そして手前の大型チーズ、ラクレット(Raclette)、黒いラクレットグリルはアーム部分の下が熱くなり、下のチーズを表面を溶かす。
フレンチアルプスのチーズ料理といえば、フォンデュ・サヴォイヤール(Fondue Savoyarde)、ラクレット(Raclette)、タルティフレット(Tartiflette)が定番です。
食事の主役、フォンデュの小鍋が並ぶ山小屋の台所
食事の主役、フォンデュの小鍋が並ぶ山小屋の台所
ただ、一回の食事で三つとも出されたのは私も他のフランス人の招待客にとっても初めて。こんなにチーズばかり食べられるの?と思われるかもしれません。ところがそこはチーズを幼い頃から食べ慣れたフランス人、ほとんどの人が三種類とも食べていました。山歩きの後、夕方6時から夜中の1時まで続いた長いパーティの間、踊っていたのもありますが、山小屋での食事の出され方が、よく考えられています。葉物のサラダ、レンズ豆のサラダ、きのこのマリネから始まり、この野菜スープ、それからタルティフレット、フォンデュ、ラクレットと続きました。
タルティフレットはソテーした玉ねぎとじゃがいもに、チーズを乗せて焼いたグラタン。(通常ベーコンも入ります。)フォンデュは小さく切ったパンを串にさして、小鍋に溶けたチーズをからめていただく料理。ラクレットはゆでじゃがいもにこんがりと焼き目がついて溶けたチーズをかけていただく料理。どれも身体をよく動かす山の人の食事、この土地らしい料理だと感心し、翌日の結婚式のフレンチのコースよりも、山小屋のこの食事の方がずっと思い出に残りました。
山小屋のパーティテーブル
山小屋のパーティテーブル
新婦が乳製品と卵は食べるベジタリアン、新郎は豚肉がタブーのユダヤ教徒のパーティでしたので、チーズ料理と一緒に出すことの多いハム類(フランス語でシャルキュテリー(Charcuterie)と呼ぶ)はありません。しかし例外があって、牛の乾燥肉ラヴィアン・デ・グリゾン(La viande des Grisons)のスライスが、ラクレットと一緒に準備されていました。イタリアの牛もも肉の生ハム、ブレザオラ(Bresaola)に似ていますが、ラヴィアン・デ・グリゾンの方が色と味がやや濃厚です。溶けたラクレットの軽やかな旨味がじゃがいもを包み、そこに乾燥肉の重厚な旨味が加わることで口の中がうま味の三重奏となる組み合わせです。小さなきゅうりのピクルスで、酸味がきいたコルニション(Cornichon)をひとつ、ふたつ口にして味覚をリセットします。伝統的な食べ合わせはよくできているものです。
タルティフレットはルブロションが、ラクレットにはラクレットが使われ、フォンデュ・サヴォイヤールにはボーフォール、アボンダンス、グリュイエールを使っていたはずです。ウォッシュタイプのルブロションも含め、これらオート・サヴォアとサヴォア地方産のチーズは郷土の料理に使われています。しかし、そのままでもクセがなく優しく上品な味わいで、ハードチーズにはナッツや高山植物の花のような香りが感じられるものもあって、常にチーズプレートの一画を占める人気のチーズです。
結婚前夜パーティからの帰り、懐中電灯やヘッドランプの灯りだけを頼りに、真っ暗の山道を下りました。放牧される20頭ほどの乳牛たちが私たちの気配に目を覚ましたのでしょう、こちらを見る牛たちのまるい目がランプに反射して光っています。チーズの産地を訪ね、その土地のチーズを口にすることで、自然と人の働きと動物から恵みをいただくありがたみを体感しました。よい食べ物を選んで自分と家族の身体を養い、今生を生かされることと、この地球に感謝したい。山の夜に見た乳牛の目から、そんなことを思いました。
五条ミショノウさやか

2004年からパリに在住。 家族は夫と娘が二人。 業界誌や講演録などの英日翻訳をしています。