ロックフォールとリーダーの資質
: UPDATE /「256種類ものチーズが存在する国を、どう治めようというのだ?」
現在では、256種類どころか1000種類以上のチーズが存在すると言われるフランス。この言葉は、この国のリーダーとなる者に与えられた試練と同時に、その国民の多様性と創造性からなる豊かな文化を見事に表しています。
これだけ数ある中、フランスのリーダーと呼ぶのに相応しいチーズはどれか?ふと疑問に思った時、真っ先に浮かんだのが「青カビチーズの王」とよばれるロックフォールでした。ブルーチーズの中でもめずらしい羊乳を使ったチーズです。
(エフ アール マーケティングのお取り扱いブランドで、フランス大統領官邸エリゼ宮ご用達のガブリエル・クレのロックフォール。大きなグループ会社には属さず、家族経営で5世代続く今年で創立150周年の老舗ならではのこだわりの逸品です。約1.4kgの豪華なハーフカットの手前に置かれているのは、ガブリエル・クレのロックフォール専用ナイフで、このデリケートなチーズを切るのに理想的な構造の優れものです。)
ロックフォールの伝説と歴史
(左/ロックフォール=シュル=スールゾン。ロックフォールの秘密は、この村の洞窟にあります。大昔に石灰岩が崩れ、フルリーヌと呼ばれる割れ目のある特殊な洞窟が自然形成されました。この独自の環境でローカルの青カビとともに熟成されることによりこのチーズが出来上がるのです。中央/ガブリエル・クレの創立当時使われていた熟成カーヴ(地下貯蔵庫)。ここでフルリーヌが発見されたのが事業の始まりでした。右/村の本通りにあるガブリエル・クレ店。地下のカーヴも見学できます。)
このチーズの名前が書物に現れるのは11世紀で、15世紀には王法により、ロックフォール=シュル=スールゾンの住人のみに村の洞窟でこのチーズを熟成する権利が許されます。その後、17世紀にフランス王国の議会により、この村以外で熟成されたチーズをロックフォールと呼び商売する者を罰する法律が制定されました。
つまりロックフォールは食品呼称保護のパイオニアで、その後、リーダーとしての頭角を現していきます。
海外進出を果たした革新的リーダー
元祖原産地呼称チーズのロックフォール
これに目を付けて立ち上がったのがロックフォール生産者のシンジケートと、原料の羊乳提供者である地元のラコーヌ羊の酪農連合会でした。ロックフォールの偽商品が後をたたない中、彼らが団結し1925年にチーズ史上初のAO(原産地呼称)を取得します。これが後にAOC (原産地統制名称)となり、EU統一の現在のAOPとなりました。
この土地の自然と伝統を守るために原産地呼称を守る大切さを直ちに認識し行動を起こした彼らにより、ロックフォールは時代を先取る原産地呼称チーズのリーダーとなったのです。
(AOP認証マーク)
カビのサイエンス
カマンベールのベルベットのような白い皮がカビであることに気付かなくても、ブルーチーズの場合は、普通なら抵抗を感じる筈のカビを積極的に食べているのです。このカビ食品が世界の美食家が求めるグルメ食品にまで成長したところにも、ロックフォールの個性、そしてチーズのリーダーとしての資質を感じます。
ロックフォールのカビはペニシリウム・ロックフォルティという名のもので、医学の歴史を変えた抗生物質ペニシリンと同属の青カビです。これは脂肪を脂肪酸に分解し、ブルーチーズ独特の風味を生み出し熟成を助けるだけでなく、微生物や人体に有害な他種のカビの侵入を防ぎます。そして血圧抑制効果が高く、アンチエージ効果もあると言われる素晴らしいチーズに仕上げているのです。
土着の野生のカビがドメスティケーション、つまり人間の管理下で、優れたチーズに適す形態上の変化を遂げたものです。大理石のような美しい姿、ふわっととろけるような舌触り、ピリッと刺激的でありながらコクのある味。これらは昨日今日出来上がったものではなく、ロックフォールは長い歴史と歳月をかけて磨き上げられたフランス美食文化のモニュメントと呼ばれるのにふさわしい食品なのです。
(村にあるガブリエル・クレ経営のクレープ店「ラ・ベルジェリー」のチーズプレート。左から3か月、6か月、そして圧巻18か月熟成のロックフォール。結晶のように見事な青カビの成長ぶり、それぞれの魅力と美味しさを食べ比べるのが醍醐味の至福の一品です。)
ロックフォールの近未来?
この頼もしいリーダーの近未来を想像してみた時、フランスの宇宙飛行士、トマ・ペスケさんのあるインタビューを思い出しました。昨年、星出彰彦さんも参加されたミッションで国際宇宙ステーション(ISS)に滞在された時のものです。宇宙滞在中に必要な補給品や実験装置などを地球から運搬する無人宇宙補給機に、ペスケさんのためにサプライズで彼の好物であるチーズが入っていたのです。もちろん本人は大喜びだったのですが、送られてきたのが「本物」のチーズだったのかという仏人ジャーナリストの質問に対して、それがスーパー販売用のアメリカン・チェダーで、彼がリクエストした仏チーズが今回NASAにより却下されてしまったことを語られました。そんなペスケさんの熱望リクエスト・チーズがロックフォールだったのです。
常に先見の明をもったフランス・チーズのリーダー、ロックフォール。宇宙へ行く日もそう遠くないのでは?
(ISSでチーズを受け取り、喜びのあまりガッツポーズのペスケさんのツイート。後ろには、星出さんの微笑ましいお姿も。このような写真の中に、ロックフォールの姿が現れる日を心持ちにしています。)