カリフォルニアの光と影 ~カリフォルニア暮らしより~
: UPDATE /カリフォルニアの干ばつ
この冬は各地で記録的な大雪でしたね。思いがけない積雪で大変ご不自由された方々も多かったのではないでしょうか?私は関西在住なので積雪量はそれほどでもなく、ちょうど雪遊びを楽しむ程度で良かったのですが、ニュースで知る災害にときたま猛威を振るう大自然の脅威とそれに翻弄される現代生活の脆さを思い知りました。
同様にアメリカでも大多数の州で、ことに東部や中西部ではPolar Vortex(極渦)によって大寒波が到来、というニュースをご覧になった方も多いことと思います。カリフォルニアでも冬の始めごろは寒い寒いと皆さん大騒ぎをしていましたが、それも「カリフォルニアにしては」。たかだか最低気温がマイナス1度程度に下がったぐらいで、すぐに春のように暖かくなってしまいました。
それよりもカリフォルニアで深刻なのは干ばつです。
こちらも日本の新聞でも報道されましたのでご存知の方も多いと思います。昨年はカリフォルニア州で過去153年間の観測史上最低の降雨量だったそうで、遂に1月には州知事より水の使用を20%控えるようにという非常事態宣言が出されました。カリフォルニアの気候は大変乾燥していて、夏期の数ヶ月間は雨は全くと言っていいほど降りません。毎日晴れて青空が見える生活はとても快適なのですが、もちろんこれは水不足の問題と隣り合わせです。冬の雨季の降雨に水源を頼っているわけです。
サンフランシスコベイエリアの重要な水源はなんとヨセミテ国立公園にあるヘッチへッチー渓谷に作られたダム。ベイエリアからは車で4時間はかかる距離なので、決して近所とは言えません。ヨセミテ旅行に行く道中、だだっ広いだけでひたすら乾燥した景色が続くのを見ていると、猛烈な環境保護運動を抑え、敢えて作ったこのヘッチへッチーのダムがいかに貴重なものかと気付かされます。
この山々に積もった雪解け水を水道水として飲んでいると思うととても贅沢な気分になります
オーガニック酪農の危機
実は干ばつは今に始まったことではなく、この3年間はずっと水不足でした。そこへ2013年の記録的な干ばつ。冬には緑なすはずの牧草地もほぼ完全に乾いてカラカラの状態、ということは当然牧畜にも影響が出てきています。
サンフランシスコ・ベイエリアの食通たちを支えるオーガニックミルクや高級チーズの産地であるソノマ郡と殊にマリン郡ではとくに事態が深刻です。
昨年の夏にご紹介したチーズのひとつ、TOMAを作っているPoint Rayes Farmstead Cheese Co.を例に上げてみましょう。こちらは牧場を営む父のもとに再集結した四姉妹たちによってあらたなビジネスモデルが大成功を収めていることで一躍注目を浴びる存在です。そのビジネスモデルとは、農場にお洒落なビジターセンターを作り、そこでチーズの販売、ツアー、料理教室、パーティーなどが出来るというもの。もちろんチーズ作りそのものにもこだわります。最新の機器を導入して再利用した水と自家製の品質の高い堆肥で育てた牧草によるオーガニックミルクから作ったチーズはあちこちの品評会で受賞しています。昨年7月に人気テレビ番組”Today Show”でドキュメンタリーが放映されて以来、四姉妹は「チーズシスターズ」として全米から注目を浴びる存在です。11月には環境の保護を追求した経営理念が高く評価され、カリフォルニア・レオポルト環境保全賞も受賞しています。
ところが、干ばつは最高の装備を完備した彼らの農場をも直撃し、牧草地のほとんどはむき出しの茶色の土の状態。ミルク生産量は下がり、ビジターセンターの運営にも影響しました。
*関連記事
「西マリンの干ばつ『チーズシスターズ』をおびやかす」(マリンインディペンデント紙 2014年1月26日)
Youtube 映像:Today Showより。
チーズ作りの興味深い映像もたくさん入っているので、ぜひご覧ください。
状況の査察にやってきた米国農務省の補佐官に4姉妹の父ロバート氏はこう説明しています。
「この25年の間に西マリン郡では家族経営の弱小農場が4分の3も消えてしまいました。高い飼料を買うだけの経済力がなく、冬場の雨による草に飼料を委ねてきたからです。私たちのように最新の設備を導入できるところはともかく、例えば牧場を借りて牧畜しているようなところではもう限界が来ているのです」
ちなみに彼の農場を査察したミルズ補佐官は数々の設備を見て「これぞ21世紀の農業のモデルだ」と賞賛しています。
オーガニックミルクや肉牛の基準は「飼料の最低30%、すなわち最低120日は放牧して(オーガニックの)牧草を与えること」。この干ばつで干上がった農場では残念ながら不可能な基準です。地元のオーガニック酪農家たちは政府の経済的援助および、オーガニックへの基準の暫定的な緩和を求め、基準緩和が2月12日に承認されました。それでも良質なオーガニックの保存用飼料は値上がりし続けていますから、乳製品全般の値上がりは避けられないということです。
*関連記事
「カリフォルニアの記録的干ばつさらに悪化、経済的危機に直面するオーガニックミルク」
(サイエンティフィック・アメリカン紙 2014年2月3日)
Cowgirl Creameryオーナーに話を聞く
さて、やはり当事者のお話を直接聞きたいと思い、地元大手のCowgirl Creameryの方に問い合わせてみたところ、オーナーのスー・コンリーさんに快く回答を頂くことができました。彼女の回答をそのまま掲載したいと思います。
「この冬はごくわずかな降雨しかなかったため、貯蓄用の飼料が育ち始めるのが遅くなりました。2月上旬から3月(*この時点で3月7日)にかけてはほぼ週に1度という完璧な間隔での降雨がありました。おかげでようやく牛たちも外で緑の牧草を楽しむことができるようになりました。とはいえ雨の降り始めが遅すぎたため、過去数ヶ月というものは酪農家たちは想定外に、高額の飼料を買ってエサを補充しなければなりませんでした。さらに残念なことに限られた量の飼料を食べるだけの補足飼料では牛たちにとって充分ではありません。オーガニック酪農家たちは大豆やアルファルファなどの限りある飼料の供給を争っているので、価格も上昇する一方です。
さて、春のチーズといえばSt. Pat(セント・パット)。3月17日のセント・パトリックス・デーに発売されます。(*セント・パトリックス・デーについては2013年2月の当コラムをご参照下さい。)
こちらはジョン・タヴェルナ農場のオーガニック・ジャージー牛乳を原料とするソフトな円形チーズ。雨季のはじめの雨のあと、2月ごろ収穫したトゲのあるイラクサで包んであります。今年は干ばつのせいでイラクサの芽吹くのが遅かったのですが、なんとか製造にとりかかるのに間に合うだけの必要量を得ることができました。」
イラクサのトゲは調理前に一度冷凍して取り除いてあるとのこと。イラクサの葉によりスモーキーでアーティーチョークのようなフレーバーが生まれるのだそうです。2009年北アメリカジャージーチーズコンペティションで金メダル受賞。
やっぱりおいしいチーズたち
試練の時期にある北カリフォルニアのオーガニック酪農とチーズメーカーですが、それでも品質へのこだわりはもちろん譲れません。
そしておいしくて安全なオーガニックミルクを原料としたこだわりのチーズが数々の賞を受賞しているのはもっともなこと。
今、私の手元にはアメリカのチーズ専門誌”Culture”の特別版「2013年秋〜2014年秋 『今年のベストチーズ101』」があります。その中から特に私にとって愛着の深いサンフランシスコ・ベイエリア近郊のチーズメーカーへのエールを込めて2013年に権威あるコンテストで受賞したチーズをいくつかご紹介したいと思います。
1. Point Reyes Hand-Pulled Mozzarella / Point Reyes Farmstead Cheese Co.
写真はSFGate紙のサイトより
先述のPoint Reyes Farmstead Cheese Co.製。2013年のAmerican Cheese Society(以下ACSに省略)のコンペティションの「フレッシュモツァレラ 8オンス以上サイズ部門」で見事1位を受賞しています。新鮮さと繊細さが売りのこのチーズ、残念なことに地元のファーマーズマーケットや昨夏に取材したサンフランシスコのフェリービルディングでしか販売されていないということです。フレッシュで軽く、ミルクの甘さがほんのり香るチーズはおなじみのイタリア料理やサラダの他、カリフォルニアの日差しを浴びて育ったおいしいピーチやスイカ、いちご、そして はちみつ(花も豊富なカリフォルニアのこと、地元産はちみつの販売はもちろん、自宅の庭で養蜂を楽しんでいる方も多いのです)に合わせてもぴったりです。
ちなみにこちらの会社のオリジナルブルーチーズも同じくACSの別部門で3位を受賞しています。
名称 | Point Reyes Hand-Pulled Mozzarella |
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植物性レンネット | |
乳 | 牛乳 |
形状 | ほぼ円形 |
重量 | 8オンス |
2. Truffle Brie / Marin French Cheese Co.
このチーズを製造しているMarin French Cheese は1865からチーズを作っているアメリカ最古参のチーズメーカーですが、1998年ジム・ボイス氏によって経営を引き継がれてからは数あるインターナショナルコンペティションでも名を挙げるようになりました。ボイス氏の死去により今年、となりのソノマ郡に拠点を置くLaura Chanel’s Chèvreの傘下に入ることが決まりました。その名の通りイタリア産黒トリュフの香り高い、リッチでクリーミーなブリー。2013年 ワールドチーズアワード(イギリス)銀賞、ACS 1位、カリフォルニア州博覧見本市 銀賞受賞。
名称 | Truffle Brie |
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乳 | 牛乳 |
植物性レンネット | |
形状 | 円形 |
重量 | 1ポンド |
熟成 | 11日 |
私はこちらの会社のPetit Dejeunerを知人宅で頂いたことがあります。同じくブリータイプでバターのようなコクとなめらかさがあり、イタリア系アメリカ人で生まれも育ちもカリフォルニアというお料理上手な奥様が「とにかくね、安心でおいしいから地元のものを買うの。これもお気に入りよ」とおっしゃるのも納得でした。
3. Crottin / Laura Chanel’s Chèvre
先ほど出てきたLaura Chanel’s Chèvreのブランド名に登場するローラ・シャネルは1979年以来アメリカで最初にゴートチーズを作り、広めたことで知られています。実は2006年にフランスのRianグループに売却されているのですが、ソノマ郡という拠点とローラの理念はそのままにフランスの伝統的な手法を融合させることで、数々の受賞チーズを生産しています。こちらのCrottinはマイルドな小型チーズ。繊細で白カビで覆われ、ヤギ乳の甘味と軽やかな酸味が楽しめます。ウェブサイトによれば、ソノマ・ソーヴィニョン・ブランがぴったりとのこと。ACSヤギ乳部門で1位受賞。
名称 | Crottin |
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乳 | ヤギ乳 |
伝統製法によるレンネット | |
形状 | 円形 |
重量 | 3オンス |
熟成 | 2週間 |
終わりに
2012年の秋から隔月で当コラムを担当させていただくようになってから今回で9回目の連載となりましたが、ここで私のコラムを一旦お休みさせて頂くことになりました。
大好きなカリフォルニアの空気をお伝えしたいという思いで、あまり詳しいとは言えなかったチーズのことを書き始めましたが、取材するにつれ、チーズの世界の奥深さはもちろん、チーズを通した様々な方との出会いによってまた新たなカリフォルニアを私自身が知ることができました。特に今回の取材では、明るく見えたカリフォルニアの別の面も見ることとなりました。苦難の時にも信念を曲げず、カリフォルニア人らしい自由さとしなやかさをもって彼らがそれを乗り越えてくれることを願ってやみません。
今までご協力頂いた皆様方はじめ、エフ・アールマーケティングおよび関係者の皆様、読者の皆様にお礼申し上げます。皆様方のご健康とご多幸、そしておいしいチーズとの出会いを心よりお祈り申し上げております。またどこかでお目にかかれる日まで… See you again!