民族と食とフェスティバル 〜カリフォルニア暮らしより〜

アメリカからの便り 2012~ : UPDATE /

人種のミックスサラダ

 2014年を迎えてからはや1ヶ月がたとうとしています。
 皆様はお正月をどのようにお祝いされたでしょうか?
 シリコンバレーにいますと、よくアメリカを表現する「人種のるつぼ」というより、私の友人のひとりが言った「人種のミックスサラダ」という表現の方がぴったりくるような気がします。もともと古くはゴールドラッシュの頃より雑多な人種の流入が多かった土地ですが、いわゆる「シリコンバレー」が興隆するにつれ、世界中からますます多くの人材が集まるようになりました。 私の友人だけを見渡してもイスラエル出身のユダヤ人、インド人、大陸、台湾両方の中国人、ブルガリア人、セルビア人、キルギスタン人などなどバラエティーに富んだ出自で、それぞれ文化も訛りも多様です。
 そこで今回はインド系、ユダヤ系の友人2人に協力してもらい、それぞれのこの季節のお祝いや代表的な食べ物を教えてもらいました。

 息子が通っていた小学校のイベントでの展示。人形に各家庭の伝統的な衣装を着せるというものですが、中国系、インド系が非常に多かったのがここからも分かります

インドのお祭り

 このたび協力してもらった南インド出身のアニュとその一家をはじめ、私のインド人の友人たちはみな多神教であるヒンズー教徒。彼らのほとんどはシリコンバレーのハイテク企業で忙しく活躍するエンジニアや経営者たちですが、一方でいつ見ても何かのお祭りだと言っているような気がします。ヒンズー暦に合わせて数ある神様ごとのお祭りがあるからなのですが、その中でも11月ごろに行われるディワリ(Diwali)は「善が悪に打ち勝ったことを祝う光の祭典」としてイルミネーションを灯したり火を焚いたりしてお祝いするので、殊に盛大で華やかです。

アニュの家で親族や同郷のお友だちが集まってのディワリの様子

 彼らの中にはこのディワリのためのイルミネーションを「11月ごろからはディワリ用に飾って、そのまま12月のクリスマスにも置いておけるから便利だよ」などと言っている人もよくいます。アニュのところでは大きなクリスマスツリーがヒンズーの立派な祭壇の隣に飾ってありました。多神教ならではのおおらかさは日本人にも通じ、面白く感じました。
 一方お正月はヒンズー暦のため西暦のものとはことなり、2014年は3月31日だということです。こちらはアニュの使うテルグ語ではウガディと呼ばれ、まず最初にウガディ・パチャディと呼ばれる<人生で味わう6つの感情>を意味する材料:ニーム(苦味=悲しみ)/青唐辛子(辛味=怒り)/塩(鹹味=恐れ)/糖蜜の塊(甘味=喜び)/タマリンド(酸味=嫌悪)/熟していないマンゴー(刺激=驚き)から成る飲み物を摂ることが儀式の始まりとなるのだそうです。ちょっと哲学的ですね。

ユダヤのお祭り

 さてもうひとつ、今度はユダヤ系のカレンにも登場してもらいましょう。イスラエルにも親戚やお友達が多い彼女がフェイスブックを通じてニューイヤーカードを発表するのは9月ごろのこと。まだ暑い頃にハッピーニューイヤーと言われると私にはどうも不思議な感じがしますが、ユダヤ暦に添って独自の日や年の数え方をするのでこうなるのだそうです。ちなみに今はユダヤ暦では5774年になるのだとか。新年を迎えるお祝いはロシュ・ハシャナとよばれています。

ロシュ・ハシャナの食べ物:リンゴと蜂蜜、ザクロ、デーツ(ナツメヤシの実。生および乾燥)
写真はこちらのサイトより

 一方クリスマスや西暦のお正月に近い季節のお祭り・ハヌカはお正月であるロシュ・ハシャナよりもっと知名度があるように思われます。
 ハヌカとは、昔ユダヤ人が戦いにより迫害から自由を取り戻した後、ようやく見つけたわずかな油で8日間も祭壇の灯火をともし続けることができたという奇跡の伝説にもとづいています。それにしたがって8本立ての燭台にロウソクを毎日1本ずつ灯し、祝うのだそうです。ちょうどクリスマスのちょっと前に行われる行事で、家族揃ってご馳走を食べる、プレゼント交換をする、などクリスマスや日本のお正月にも似ています。
 ご馳走には揚げ物が多いそうですが、これが伝説の中のキーワードが油だったからかどうかは定かで無いわ、とカレン。その代表的なものがラトケスと呼ばれるジャガイモのパンケーキとスフガニアと呼ばれるジェリー入りの揚げ菓子。ラトケスにはサワークリームやアップルソースをつけて頂きます。変わり種にはコーンのラトケスもありますが、彼女のお気に入りはスイートポテトのラトケスだそうです。

 

帰省中のイスラエルからカレンが送ってくれたスフガニアの写真。ジェリー入りのシリンダーがひとつひとつに刺さっているのが面白い。

インドの食べ物

 インドといえばカレーを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。インドと言っても皆さんご存知のようにその国土は広く、言語も宗教も風習も非常に多様です。同様にカレーも地域によってずいぶん違うのだそうです。
 初めて彼女のお母上とお宅で会った時に見た南インド風のカレーは日本人のイメージするカレーとあまりに違っていたのでびっくりでした。干しエビやいりこのような干し魚をふんだんに入れたカレーがあまりにも珍しかったので、調理しているところを興味津々見ていると「食べてごらん」とお味見させて頂けました。干した魚介類には馴染みのある日本人ですから「美味しい」と喜んで食べていると、「たいていの人はこれは癖があるから嫌だというのにねえ」と逆に面白がられました。ちなみに別の機会にアニュに食べてもらった日本風のカレーは「スープみたいに煮こむなんて北インドのカレーみたいね」とのこと。

インドの蒸しパン・イディリを作っているところ。ちょっと酸っぱいパンにサンバル(ソース)や砂糖と付けて頂くおやつ。

 一般的に「インドのカレー」というととても辛いというイメージですが、辛さは家庭の好みで様々らしく、比較的マイルドなお宅からかなりの辛さのお宅まであります。特別辛いのが好きなお父さんがいるご家庭では、お父さん専用の特製激辛ふりかけ(ニンニクと香辛料で手作りしているとのこと)があったりして、個人の好みに合わせて辛さを調節しているようです。激辛ふりかけについては「食べてみる?」とお父さんがニヤリと笑っていましたが、おそらく大変なことになりそうなので、匂いだけ嗅ぐにとどめておきました。カレーを食べる時に辛さを和らげてくれるのはヨーグルトやギー(溶かしバター)、そしてフルーツです。ヨーグルトは家庭ごとにステンレスの丸い容器にミルクを継ぎ足して手作りしたものを常備しています。ギーも生クリームを熱して手作りする場合が多いそうです。手で食べるのが正式なインド人はヨーグルトもスプーンを使わず手で器用に食べているので、私もちょっと真似してみましたが簡単そうに見えてもやはり難しく、すぐにげらげら笑うアニュからスプーンをもらう羽目になりました。

左からロティ(平べったいパン)、ココナッツライス、ひよこ豆のカレー。
ヨーグルトサラダと一緒に食べるとちょっとマイルドになる。
ヨーグルトはもちろん自家製。家庭によってヨーグルトも少しずつ味や粘度が違う。

 ある別のご家庭で美味しいインド料理を食べながら「そういえばインドにもチーズがあったわね?」と尋ねてみました。
 「ああ、パニールのことね。家で作ったりもするけど、まあ豆腐と一緒よ」と友人。「何かそれで作る特別な料理はないの?」「うーん…。まあ豆腐と同じだからね。味があんまりなくて淡白だから離乳食にはちょうどいいし、サラダに使ってもいいし、カレーに入れてもいいし。ま、何に使ってもいいのよ。」
 作り方は牛乳を沸かしたものにレモンジュースを適宜加えたものをチーズクロスで一晩濾して水切りし、固形にするというもの。つまり固いカッテージチーズです。
 彼女の家からの帰り道になんとなくインド気分になった私はインドマーケットに立ち寄りました。乳製品売り場にはもちろんパニールもあります。そばを歩いていた人をつかまえて試しに「あなたはパニールをどう使います?」と聞いてみたところ、「基本的には家で作るけど…。そう、豆腐と一緒よ。何にでもいいの」と友人とまったく同じ答え。何だかよく分からないなあと思いながら買って帰ったものがこちらです。

試しにサラダのトッピングにしたり、我流のカレーに入れたりしてみましたが、意外にも火を通してもしっかりした噛みごたえがあり、確かに味はとても淡白で「何にでも合う」というのが頷けました。

パニールパコラ(パニールの天ぷら)

 「パニールはずいぶん北の方の食べ物で、南インドではごく最近使うようになったからあんまりレシピは知らないんだけれど」というアニュと一緒にパニールを使ったパーティーにぴったりなレシピを探してみました。
 http://www.vegrecipesofindia.com/paneer-pakora-recipe-paneer-pakoras/
 作り方は粉とスパイスを溶いたものをサイコロ状に切ったパニールにつけて揚げるだけという至って簡単なものですが、残念ながらベサンと呼ばれるひよこ豆粉をはじめ、スパイスの中でもターメリックや唐辛子粉、ガラムマサラはともかく、アサフェティダやアジュワイン、最後にふりかけるチャートマサラはちょっと手に入りにくいものですので、別のもので代用しつつインド気分を楽しまれるのも良いのではないのでしょうか?

*写真は左記サイトから

アメリカのサワークリーム

 先ほどユダヤ料理でサワークリームが出てきましたが、このサワークリーム、アメリカではベイクドポテトに乗っていたり、チップスや野菜を食べるときのディップに使ったり、お菓子の材料に入っていたり、と大活躍です。日本ではあまり一般的ではなくて、小さい容器に入ったものしか販売されていませんが、アメリカのスーパーマーケットに行くと16オンス(454グラム)入りの大きなカップが2ドル程度で並んでいます。半量のカップもありますが、いずれにせよ日本のサイズよりかなり大ぶりで、中身も少し固い日本のサワークリームと違ってとろっとクリーミーな感じです。クリームチーズとヨーグルトの間ぐらいを想像されると近いかもしれません。

 ついでに言えば、サワークリームはクリーム・フレシェやフロマージュ・ブランにも割合感じが似ています。そこでこれらの違いを比較して表にしてみました。
 *サワークリームはアメリカのものが基準になっています。またクレーム・フレシェ以外では脂肪分を控えめにしたローカロリータイプも見られます。

  原料 製造方法 乳脂肪分 特徴
サワークリーム 生クリーム バクテリア発酵 18〜20% 爽やかな酸味とこくがある。高温加熱すると分離する。低脂肪や無脂肪のものもある。
クリーム・フレシェ 生クリーム バクテリア発酵 30〜45% サワークリームよりマイルドでこくがある。加熱しても分離しないので加熱料理に便利。
フロマージュ・ブラン ミルク バクテリアおよびレンネット 0〜40% 酸味は少なくマイルド。低めの温度で発酵するので、生乳の風味がより楽しめる。
ヨーグルト ミルク バクテリア発酵 約3% 作り方は多様だが、比較的高めの温度で発酵させることが多い。

参考サイト:
 http://www.cheesemaking.com/FromageBlanc.html
 http://www.seriouseats.com/talk/2010/06/creme-fraiche-or-sour-cream.html
 http://www.organicvalley.coop/products/sour-cream/regular/16oz-tub-3/
 
 サワークリームは本来乳酸菌によって作るものですが、生クリームにレモン汁を加え、撹拌することでも非常においしくアメリカのサワークリームに近いものが簡単に作れますので、ぜひお試し下さい。固さは加えるレモン汁の量でお好みに調整できます。

多文化という豊かさ

 最初にも書きましたが、シリコンバレーという場所は非常に多くの人種や民族が混在しています。その各々がアニュ、カレンの家族のように自らの民族の文化や伝統を誇り高く守り、受け継いでいるのも多く見られるように思います。また守るだけでなく、他の文化にも興味を持ち、それらを柔軟に取り入れているのも面白いところです。豚肉食を禁忌するユダヤ教徒であるカレンも実はベーコンやラーメンなど何でも「だっておいしいからね」と進んで食べる一面を持っています。この辺りの柔軟さと他の文化と食への貪欲さがシリコンバレーの人種のミックスサラダをより美味しく、色鮮やかなものにしていっているのではないでしょうか。
 他文化への好奇心の強さと柔軟さ、そして食への貪欲さは日本人も負けてはいません。私たちも古い伝統を大切にしつつ、世界の美味しい食べ物をどんどん食卓に取り入れていきたいものですね。

西川久美子

本職はピアノ弾き。3年2ヶ月の米国カリフォルニア州サンノゼ暮らしを経て、現在関西在住。 夫、息子、娘との4人ぐらし。趣味は歌、ズンバ、ピラティス、お菓子作り。