秋の恵み

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パリのアパルトマンの狭いバルコニーで育てたミニトマトと木いちごが、10月に入っても暖かな気候の下、最後の果実を実らせました。春にプランターに植えた頃には想像もしなかった豊作です。ありがたく木いちごを摘み、小さな空間にもたらされた自然の恵みを実感するひと時です。


黄色、オレンジ、赤、枯葉色、濃い緑の色合いをなす秋の色が好きです。
秋は土のついたセップ茸やジロール茸、まだ殻が湿ったフレッシュなクルミ、香り高いイチジク、ぶどうなどマルシェに行く度、買い物キャリーをいっぱいにして帰ります。マルシェも秋色でいっぱいです。切り戻しても長持ちしないと分かっていても、大輪のダリアに出会うと買い求めてしまいます。


 


田舎の家

パリから東へ100km、車で約70分のところに義理の両親の田舎の家があります。彼らは家や庭の手入れに毎週末通っていますが、私達は連休や休暇の際に行くことが多いです。田舎の家は細い一本道に沿って家が数軒あるのみの、アモー(hameau)と呼ばれる集落にあります。


秋の柔らかな日射しの下、子ども達が遊ぶ庭

パリでは車の音や人の声が夜中過ぎまで聞こえていますが、静かな田舎の夜に私達の目を覚ますのは屋根裏をすみかにしているヤマネの家族です。カリカリ、パタパタパタ、ダダーッとそれはにぎやかで、春先には赤ちゃんが数匹いたのでしょう、クークーと親を呼ぶかわいい声が聞こえました。庭に毎週十数個の盛り土をこしらえるモグラや、屋根瓦の間にある穴の中に巣を作ってしまったミツバチ、そして屋根の下に住むヤマネ達に舅は眉をしかめますが、生き物が住みつくほど健やかな環境ということだよと慰めにもならない慰めを言いつつ、退治するなんて言い出さないでほしいなあと思っています。

元々農家だったこの家を購入して30年になるそうですが、元からあった洋梨、りんご、スモモなどの果樹やヘーゼルナッツの大木に加えて、庭師に植えてもらったくるみやマルメロ(花梨の一種)も実を生らせるようになり、夏から秋にかけて田舎に行く楽しみが増えました。


田舎の家の庭木に生った栗、クルミ、りんご

チーズと果実のマリアージュ

収穫の秋から連想して果実の甘味とチーズの取り合わせが頭に浮かびました。チーズとのマリアージュで語られるワインもぶどうのお酒です。風味の異なる数種類のチーズ、果実の甘味、パンを用意して「食べる会」を開いてみました。私一人や家族だけではいろんな種類のチーズをおいしいうちに食べきれませんので、平日の夕方でしたが友人とその子供達にも来てもらい「チーズと果実とパンの食べ合わせ」について語ってもらいました。 手元にあった料理レシピ本*1の提案を元にしてアイデアを考え、次のチーズを用意しました。

*1 Cyril Lignac, “Cuisine Attitude”, Hachette Pratique 2005


左下から時計回りに
1. Laguiole AOP ライオル(牛乳製)
 フランス・オーベルニュ産、セミハードタイプ
2. Ossau Iraty AOP オッソー・イラティ(羊乳製)、
 フランス・ピレネー産、ブルビタイプ
3. Fourme d’Ambert フルム・ダンベール(牛乳製)
 フランス・オーベルニュ産、青カビタイプ
4. Rouelle ルウエル(山羊乳製)
 フランス・ミディピレネー産、シェーブルタイプ

果実の甘味はこの写真にあるぶどうやグロゼイユ(グーズベリー)、黒サクランボとアプリコットのジャム、そして自家製マルメロのジェリーをチーズと合わせてみました。パンはバゲット、くるみパン、ブリオーシュの三種です。

食べ合わせいろいろ

まずライオル(写真左手前)はブリオーシュとアプリコットジャムと合わせて試食しました。ライオルとアプリコットジャムは合いますが、甘くバターを使ったブリオーシュよりは、バゲットの方が好きだと言う人が多数派をしめました。このプラトーのライオルは少し形がいびつです。実は、撮影前夜に家族で3分の1ほど食べてしまいました。プラトーの4種のチーズのうち、一番早くなくなったのもライオルでした。おいしさの理由を書き出すと長くなりそうですが、お伝えしたいストーリーを持つチーズですので後述します。

二つ目のオッソー・イラティ(写真左奥)が作られているフランス南西部バスク、ベアルヌ地方では、羊のチーズはよく黒サクランボのジャムとあわせて供されます。記憶にあるサクランボジャムはもっと酸味があってオッソー・イラティのふっくらとした旨味、ナッツの風味、塩味と絶妙にマッチしていました。ところが今回用意したジャムは酸味がなかったこと、そしてオッソー・イラティもちょっと当てが外れた感があり印象が違いました。弁護するわけではありませんが、オッソー・イラティはブルビのなかでは一番人気があるチーズではないかと思います。今回頂いた農家製からスーパーで売られている大量生産のものまで幅も広いです。バスク地方のオッソーの谷、イラティの森から名前がついているそうです。この地方の町や村は昔から交通の便が悪い箇所が多く、人口も少なかったために開発が進まなかったのですが、山岳地帯では農業よりも酪農が盛んで名産チーズが数多くあります。例えば、オーベルニュにはAOPの認証を受けているチーズだけでもカンタル(Cantal)、サレール(Salers)、サン・ネクテール(Saint Nectaire)、フルム・ダンベールの隣の地域で作られるブルー・ドーベルニュ(Blue d’Auvergne)と多彩です。

フルム・ダンベール(写真右奥)は牛乳製のブルーチーズで、先に紹介したライオルと同じオーベルニュ地方のフォレズ山地で作られています。他のブルーチーズのような刺激的で鋭い風味はなく、フルム・ダンベールはきめが細かくクリーミーで青カビの風味も非常に穏やかです。くるみパンとの組み合わせが非常によく、ブルーの塩味とクルミパンのほのかな甘さがいい対称でした。

フランスではブルーチーズ+クルミ+洋梨という組み合わせの前菜や、ブルーチーズとクルミをオンディーブ(チコリ)にのせた前菜などブルーチーズを使ったお料理も人気があります。イタリアのブルーチーズ、ゴルゴンゾーラとこれまたイタリアのクリームチーズ、マスカルポーネを交互にミルフィーユ状に重ねたチーズをクリスマスにいただき、非常においしかった記憶をもとに、今回はポルト酒に浸したレーズンをマスカルポーネと混ぜ、フルム・ダンベールと一緒に*2いただいてみました。 チーズの塩味とマスカルポーネ、レーズン、ポルト酒の甘味が合わさると華やかで洗練された味わいになりました。

*2 前出のレシピ本の著者Cyril Lignacのアイデアをアレンジ

最後にルウエル(写真右手前)はフランス南西部 ミディ・ピレネー地方のシェーブル専門生産者Le Pic社*3のもので、毎年フランス農水省の主催で行われている食品コンクール、コンクール・ジェネラル・アグリコル(CGA)*4で2006年金賞、2007年銅賞、今年度2013年は銀賞を受賞しています。写真からメダルが印刷されたシールが見えますか。ルウエルは空気を含んだようにフワフワで、ナイフで切ってそのままパンに塗れるほど柔らかいのに、シェーブルの個性が上品に表れているチーズです。シェーブル好きはもちろん、これまでシェーブルがそれほど好きでなかった友人もこれはおいしいと言いました。組み合わせという点からは優しい味わいなのでさわやかな甘味のマスカットのぶどうと一番マッチしていたと思います。

*3 Fromagerie du Pic
http://www.fromages-de-chevre.fr/(仏)

*4 コンクール・ジェネラル・アグリコル
http://www.concours-agricole.com/(仏)

コンクールに出品される様々な食品紹介映像(仏)
http://www.dailymotion.com/video/xd7e25_decouvrez-tous-les-produits-du-conc_lifestyle?start=24

パンとの相性

バゲットとクルミパンはどのチーズにも合いました。ブリオーシュはライオルとアプリコットの組み合わせはなかなか良かったですが、他のチーズにはあまりあわなかったようです。


チーズ大好きな友人達と

今回パン・ド・カンパーニュ(田舎パン)やパン・ドゥミ(食パン)はチーズに合わせていませんが、きっと合うチーズがあるはずです。


ライオルについて

ライオルはオーベルニュ地方南部 のオーブラック高原で作られています。ライオルの名前は有名なナイフからご存知の方もいらっしゃるでしょう。ライオルは同じオーベルニュ地方南西部の山岳地帯で作られるカンタルやサレールと製法も形もよく似たチーズです。

ライオルは元々地元で飼育されていたオーブラック種の乳牛のお乳から作られていました。しかし乳量の多いオランダ原産のホルスタイン種の飼育が増え、オーブラック種の乳牛が一時期ほとんど飼育されなくなくなってしまいました。オランダ原産のホルスタイン種は標高の高いオーブラック高原では本来の力を発揮できないこと、そしてタンパク質を多く含むオーブラック種の牛乳からできるチーズの味が再現できず、ライオルの味が落ちました。

そこで酪農家とフランス国立科学研究センター(CNRS)の研究者達が協力して調査を行い、オーブラック種の牛乳の味に近く、高原の環境に適したシメンタール種をスイスから取り入れました。現在はシメンタール種がメインで、オーブラック種の割合を10%まで上げるという目標を掲げています。この辺りの歴史や経過はとても面白いので、ご興味のある方はライオルチーズのアソシエーション(Syndicat de defense et de promotion du fromage de laguiole AOP)のホームページ(仏、英)http://www.fromage-laguiole.fr/index_en.phpをご覧下さい。


取っ手のカーブが特徴のライオルナイフ

歴史とともに

どのチーズに長い歴史があり、例えばフルム・ダンベールやロックフォールのようなブルーチーズも、カンタルやライオルのようなチーズも一世紀ガロ・ローマ時代の記述が残っていることから2000年ほど食べられてきたことが分かっています。この長い年月、人が利用してきた牛も羊も山羊もそれぞれの土地の環境に適応してきた種があります。ライオルでは、近代化の中で効率だけを考えて一旦平地のホルスタイン種に入れ替えたもののうまくゆかず、高原に適応する種でオーブラック種の乳と味の似たシメンタール種をスイスから取り入れた例があるように、一つのチーズの歴史の中に失敗と試行錯誤と成功があります。

こうしてよみがえったチーズを口にする時、命のエッセンスである乳をいただく動物に、また牛、羊、山羊を休みの日もなく世話を続ける酪農家にも、乳から日々おいしいチーズを作る生産者にも、またチーズを最高の状態に持ってゆく熟成士にも、流通、販売にかかわる人々にもすべてに感謝の念が湧いてきます。

このコラムを書き上げる頃、台風26号により甚大な被害がでた新聞記事を読みました。特に伊豆大島では土砂災害で多くの方がお亡くなりになられました。自然の猛威で家を無くされた方々、家族を亡くされた方々のことを思うと心が痛みます。避難勧告がなされなかったことに関して、自治体の長の責任がどう問われるのかも注目しています。ちなみにフランスでもLe Parisienなど主要紙のウェブサイトで、消防署員や自衛隊員の行方不明者の捜索、復旧支援活動の様子を写した写真が何枚も紹介されています。人は自然を利用し征服したかに見えても、一度災害が起きれば自然の力に翻弄される存在であることを思い出さずにはいられません。

フランス東部、スイスと国境を接するフランシュ=コンテ地方では先週初雪が降りました。日本は新米のおいしい季節ですね。皆様がご健康で美しい秋、おいしい秋を満喫されますようお祈りいたします。

五条ミショノウさやか

2004年からパリに在住。 家族は夫と娘が二人。 業界誌や講演録などの英日翻訳をしています。