職人のチーズ 1 ~カリフォルニア暮らしより~
アメリカからの便り 2012~ : UPDATE /真夏のカリフォルニアから
今回は、実際にカリフォルニアのサンフランシスコ周辺の有名チーズショップを取材して、格別フレッシュなチーズだよりを拡大号、上下2回に分けてお届けします。
日本では強烈な暑さのこの季節ですが、この辺りはやっぱり爽やか。ちょっと肌寒いほどです。
サンフランシスコ・ベイエリアについて
今までもこのあたりのことを書いては来ましたが、今回は特に地元産の、いわゆる「ローカルチーズ」の話を中心にしたいと思います。ですから、まずはサンフランシスコ、シリコンバレー、ワインで有名なナパやソノマなどを含む、いわゆる「サンフランシスコ・ベイエリア」について少し詳しくご説明してみたいと思います。
よく知られているように、カリフォルニア州の面積は一州だけで、日本全体よりもやや大きいぐらい非常に広大です。アメリカ人でも東海岸の人は「カリフォルニア」というだけでひとくくりにしてしまいがちだそうですが、大雑把にいうとサンフランシスコに代表される北カリフォルニアとロサンゼルスに代表される南カリフォルニアに分かれ、その気候も気質もかなり違うようです。また、距離もちょうど東京と大阪ぐらい離れていると言うと、日本人的には感覚がつかみやすいかと思います。
サンフランシスコ湾を囲むようにして、南側の北端にサンフランシスコ、その下にシリコンバレーが広がり、湾を挟んで東側のいわゆる内陸側にいけばいくほどカラカラに乾燥した暑い地域になります。夏になると内陸側では草が全部枯れて茶色の禿げ山が広がるので、日本人の目にはとても異様な風景に写ります。
一方湾を挟んで北側に行きますと、東側からワインで大変有名なナパ郡、ソノマ郡が広がります。そしてその西側の太平洋に面するマリン郡と先述のソノマ郡こそがチーズの名産地なのです。
カリフォルニアの太平洋側を流れるカリフォルニア海流は寒流で非常に冷たく、夏でも海水浴はまず無理なほどです。この冷たい海水が強烈な日差しと出会ってできるのがサンフランシスコの霧。そしてこのひんやりした霧と内陸側の厳しい暑さとのコントラストこそがワインの原料であるブドウを美味しく育てているというわけなのです。
その美味しいワインと素晴らしい組み合わせになるチーズ、中でもArtisan cheese(アルチザンチーズ/職人のチーズ)と呼ばれる素晴らしいチーズを作る工房がこのあたりに点在しています。
全米一気取っている都市
もうご覧になった方もあるかもしれませんが、サンフランシスコといえば最近面白いことでナンバーワンになりました。
「トラベル+レジャー」という旅行雑誌の「全米でいちばん気取っている都市は?」という読者投票で今年、35の主要都市の中からニューヨークやボストンを抑えて見事?一位を獲得したのがサンフランシスコだというのです。
気取っているというと聞こえが悪くてどういう事かと思いましたが、説明を読んで納得。「お高くとまっているという評判」「住民がおしゃれである」「クオリティの高いクラシック音楽や美術などの芸術品が提供されている」などに加え、最近の特徴として、「こだわりのコーヒーショップがある」「最新の技術に長じている」「エコに熱心である」などの点が評価のポイント。中でもサンフランシスコが1位になったなによりの理由が「エスニック料理を含むレストランの充実度」だというのです。これを「気取っている」と表現するのはあまり腑に落ちませんが、とにかくこのエリアの食へのこだわりが並のものではないと言うことは確かなようです。
引用サイト:
CNN.co.jp「『気取っている』米都市の調査番付 首位はサンフランシスコ」
TRAVEL + LEISURE “America’s Snobbiest Cities”
有名チーズ店で話をうかがう
前置きが長くなりました。
そういうわけで食へのこだわりで定評があるサンフランシスコで人気の地元産チーズがどのようなものなのかを、このたびマリン郡ポイントレイズに工房を持つ Cowgirl Creamery の方にお聞きしてきました。何人かの方に「サンフランシスコあたりでおすすめのチーズはなにかある?」とお聞きしたときに複数の方から帰ってきた答えがこちらのブランドでした。
工房はサンフランシスコから北へ車で約1時間の場所にありますが、直営店がサンフランシスコのフェリービルディングにあり、そこで彼らのものだけではなく、他社やヨーロッパから運ばれてきた多種多様なご自慢のチーズが販売されています。
こちらではチーズの販売だけでなく、丁寧な説明付きのテイスティングツアーも行っています。(月~水、3時以降のみ。要予約。1団体10名以内。1団体100ドル)
Cowgirl Creamery 公式サイト
週末になるとこのあたりにファーマーズマーケットの屋台が立ち並び、さらに賑やかになる。
ヒッピー旅行から始まったチーズ
カリフォルニアのアルチザンチーズの歴史は意外にも新しく、ここ20年ほどのものです。このCowgirl Creameryはその先駆的なものですが、遡れば70年代なかば、スーとペギーという2人の女子大生が行ったベイエリア(*サンフランシスコはヒッピー発祥の地)へのヒッピー旅行がその始まりでした。
カフェテリアを経営していた祖父と、歯科医で自然食に非常にこだわりのある父の影響を強く受けて育ったスーは卒業後、サンフランシスコ近郊で学生街として有名なバークレーのレストランで副支配人として仕事をして行く中、地元の酪農家と交流を深めて行きます。そんな中で出会った酪農家ストラウス・ファミリーのエレンのイメージがお店の名前「カウガール」の由来のひとつになったということです。エレンは地方の土地や環境を守ると同時に土地に根ざしたビジネスの創造を推進しました。Straus Family Creameryのミルクは今もCowgirl Creameryのチーズの主原料となっています。
一方ペギーも同じくバークレーの有名レストランChez Panisse(シェ・パニス)で17年の調理キャリアを積みました。Chez Panisseの経営者であるアリス・ウォーターは「カリフォルニアの食のパイオニア」と呼ばれています。アリスはイェール大学の「サステナブル・フード・プロジェクト」(『必要量だけの環境に優しい農業により、持続可能で健康な食料供給をする』)の創始者のひとりでもあります。 彼女の経営理念である「地元産の有機食材を推進することこそ味のみならず、環境や地元社会の健全化につながる」はCowgirl Creameryの経営理念そのものです。ペギーはここで働くうちにアメリカ東海岸やヨーロッパ各地のチーズやチーズメーカーに親しむようになりました。
1997年、スーとペギーはマリン郡の酪農の町、ポイントレイズにあった古い納屋を改築し、地元産の有機食品や手作りの衣料、ワインなどを販売する会社を作り、そこに自身でチーズを作る Cowgirl Creameryを創設したのでした。
ここまでを振り返ってみると、70年代というとちょうどベイエリア南部がシリコンバレーとして振興し始めた頃、そして今まで出てきたキーパーソンたちがすべて女性であるということに非常にわくわくするような興味を覚えました。
参考サイト:
Straus Family Creamery
Alisse Water(Chez Panisse)
イェール・サステナブル・フードプロジェクト
チーズいろいろ
今回お味見してきた素晴らしいチーズたちをご紹介します。
1.PIERCE PT / ピアース・ポイント
夏期限定商品。
モスカートワインを使用したウォッシュタイプのチーズ。
原料はジャージ−種の牛乳で、地元のトマレス湾沿岸に自生するカモミール、タイム、コリアンダー、バジルなどのハーブをドライにしたものでコーティングしている。植物由来のレンネット使用。セミハードタイプという説明があるが、クリーミーでソフトな食感。
口に入れた瞬間、いろんな風味が口いっぱいに広がり、見た目、味、ともに非常に満足感の得られるチーズ。2011年北アメリカンジャージーチーズアワード銀賞、2006年アメリカンチーズソサエティ大会1位、2004年ロイヤルカナディアンフェア1位などなど多数の受賞。ペタルーマ工房製。
2.RED HAWK / レッド・ホーク
名前の由来はチーズそのものの色と、原産地によく見られるred tailed hawk(アカオノスリ)をかけたもの。原産地のウェストマリン郡ポイントレイズのみに生息するバクテリアの働きで、薄いオレンジ色が発色するという、真の地元限定のユニークなチーズ。
トリプルクリームなので非常に脂肪分が高く、バターのようなコクとリッチな味わいがある。
熟成期間4週間。
2012年アメリカンチーズソサエティ2位、2011年グッドフードアワード優勝、2009年アメリカンチーズソサエティ1位など受賞歴は数知れず。
3.BASERRI / バセッリ
こちらはCowgirl Creamery を通じて販売されている。同じくウェストマリン郡、トマレス湾沿岸のマーシャルにあるバリナガ農場製。制作者のマルシアがヨーロッパのピレネーでバスク(フランスとスペインの国境あたり)地方出身の師匠からチーズ作りを学んだことに影響を受けたという、ハードタイプの羊乳チーズ。もちろん羊も同農場で大切に育てられたもの。
パルメザンのような芳香があるが、羊臭さはなくとても食べやすい。
参考サイト:Barinaga Ranch
4.INVERNESS / インバネス
直径5センチほどの白くて可愛いチーズ。Cowgirl Creamery でも比較的新しい商品。名前の由来は生産地ペタルーマの近くの地名から。強い芳香があり、口に入れるとクリーミーでしっかりした味わい。フランスのサン・マルスラン(熱や圧搾を加えず、トラディショナルレンネットと加塩のみで作る)スタイル。熟成期間は約2週間。2012年カリフォルニア州見本市銀賞、2010年アメリカンチーズソサエティ3位、2009年北アメリカジャージーチーズアワード金賞など多くの受賞歴がある。
この他、こちらのお店には今回はお味見しそびれた美味しそうなチーズがいっぱいでした。サンフランシスコ・フェリービルディング内のお店の隣にはCowgirl Creamery Sidekick Cafeというカウンター席のみのカフェもあり、サンドイッチなどチーズを使った軽食やストラウスミルクも販売しています。おすすめのチェダーチーズと飴色になるまで炒めたタマネギをのせたグリルドチーズサンドイッチも美味しかったです。
また、この秋にはCowgirl Creamery初のレシピ本 ”Cowgirl Creamery Cooks”が上梓されるそうです。一流レストランの料理人として長らく研鑽を重ねたスーとペギーのレシピがどんなものか気になるところです。
もう一品ぜひご紹介したいチーズがあるのですが、これについては後日美味しい再会がありましたので、次回の掲載でお話したいと思います。
チーズを買う側も売る側もとても幸せそうで、美味しいチーズは大切に人の手から手へと渡って行くんだなあと実感したチーズツアーでした。