ブリーチーズの製造所を訪ねて
フランスからの便り 2010~ : UPDATE /
まだ肌寒い3月のある日、パリの東50キロメートル、車で小一時間のところにある、ブリーチーズの製造、熟成を営む「フロマジュリー・ルゼー<Fromagerie Rouzaire>」を訪ねました。
パリから東へ伸びる高速道路A4を降りた後は、セーヌ・エ・マルヌ県の穀倉地帯を横目に、さらに国道を南東に20kmほど走ったところにある町、トゥルナン・オン・ブリー<Tournan-en –brie>(以下トゥルナンと記す)。
「En-brie」というのはブリーにあると言う意味で、ブリー地方で作られているチーズが、ブリー・ド・モーやブリー・ド・ムラン、クロミエなどのフランスの人気チーズです。
トゥルナン・オン・ブリー
町の中心には、中世のガーランド城の塔門があり、その門に接した建物内に市役所があります。
12世紀から13世紀にかけてトゥルナンを支配した封建領主のガーランド家の城跡のうちで、この塔門だけが現在まで残されました。
この門をくぐったら700年、800年の時をタイムスリップして中世の街に出られるような気にさせられます。
トゥルナンの市章もこの塔門ですし、フロマジュリー・ルゼーのトレードマークもこの塔門です。
これまでに、街の主催で「中世祭り」というのも行われたようで、そのポスターもやはりこの塔門です。
町のシンボルマークなんですね。
町の持つ歴史を自分たちのものとして誇る気持ちが素敵です。
フロマジュリー・ルゼー
町なかから数百メールのところにフロマジュリー・ルゼーの事務所と熟成所があります。
外観からは事務所のように見えない、まるで一般家屋のような事務所の右隣に熟成所があり、熟成所のゲート内にはルゼーの名前の入ったチーズの運送トラックが駐車されていました。
ここで製造されたチーズは、近所にある熟成室で熟成され出荷を待ちます。
フロマジュリー・ルゼーの現在の社長はマーク・ルゼーさんといいますが、お姉様のシルヴィさんもやはりこの会社に籍を置き、当日の熟成所の案内は彼女がしてくださいました。
チーズの製造、販売を始めたのは、彼らの祖父母で、マークさんやシルヴィさんは現在3代目というわけです。
ルゼーのチーズ
ルゼーのチーズはフランス国内はもちろん、フランス国外でも高い評価を得ており、アメリカ、日本、韓国、西欧、東欧など、十数カ国へ輸出されており、大きく分けて3つのカテゴリーのチーズを作っています。
すべて、ブリー地方特有の白カビタイプのものです。
・一つ目のカテゴリー
「ブリー・ド・モー AOP(*1)」<Brie de Meaux>、「ブリー・ド・ムラン AOP(*1)」<Brie de Melun>などの伝統的な製法を守ったブリーやクロミエ<Coulommiers>、ブリー・ド・ナンジ<Brie de Nangis>やフュジェルス<Fougerus>などの比較的有名なものがあります。
それに加え、マークのお父様やおじい様の世代が作ったチーズを自分たちで市場へ持っていって売っていた時代に、客の要望に合わせて、新しく作っていったルゼーのオリジナルチーズなども含めて、現在13種類のチーズが作られています。
・二つ目のカテゴリー
下の写真のブリア・サヴァラン<Brillat–Savarin>というトリプルクリームのチーズに、黒ゴマ、マスタードやトリュフクリームなどをサンドイッチした、「ル・ファン・ブリヤード」<Le Fin Briard>。
見た目に美しく、ゴマやマスタードをはさんだものは、つぶつぶとクリーミーなチーズの食感の違いが楽しいです。
トリュフクリームのタイプは、華やかな感じがして、お祝いの季節には必ず人気が上がります。
トリュフクリームとブリー・ド・モーの組み合わせのものも熟成室で見かけました。
食いしん坊の私には垂涎ものでした。
他には、オレンジリキュールのグランマニエとオレンジピールを加えたものなどがあります。
これらの商品群は、現在の社長のマークさんのアイデアが形になったものだそうで、チーズ見本市で試食させていただいた時にも、販売促進してゆきたい、ルゼーの新たな魅力にしたいという熱意を感じました。
・三つ目のカテゴリー
三つめは伝統的ブリーの味わいを尊重しつつ輸出先の決まりに合わせて殺菌乳で作られたブリー・ド・モー、ブリー・ド・ムランタイプのチーズ、「フロマージュ・ド・モー」と「フロマージュ・ド・ムラン」。
東欧、北米などによく輸出されているそうです。
ブリーなどの伝統的なチーズがおいしいのはもちろん、3代に渡ってチーズを作り、商ってきた経験から新しく生まれたチーズを持っていることが、ルゼーの強みであり個性になっています。
ブリーの製造工程
ルゼーのチーズ、特にブリーがどんな工程で作られているのかを、ルゼー社から使用許可をいただいた写真とテキスト(緑の背景のもの)と一緒に簡単に紹介します。
1. (写真右上)地元の契約酪農場から届く牛乳をロットごとチェックして品質と安全性のコントロールを行う。
2. (写真左上と下の2枚)牛乳をタンクに移し、乳酸菌を加えることで風味をよくする。
3. 製造するチーズの種類に最適な脂肪分にするために、いったん水分と脂肪分を分離させてクリームを取り出し、必要分のクリームをまた加えたりして、それぞれのチーズに最適の脂肪分にととのえる。
4. 牛乳を製造室へ運ぶ。
凝乳酵素を加え、固まってきたら、垂直にサーベルでまず、数箇所切り目を入れる(写真2)。
凝乳酵素で、どろどろの液状の乳が、お豆腐みたいに固まっているのがわかります。
(写真1)この凝乳酵素は、仔牛の胃からとりだしたもので、レンネットと呼ばれています。
5. ブリーのスコップと言う意味のペル・ア・ブリー(写真上)で、すくって型に入れる。
ペルは巨大なお玉の形をしています。
4と5の工程でチーズのもとである凝乳をまずはサーベルで垂直に、その後ペルで水平に切るのは、水分(乳清)をまんべんなくよくきるためです。
型の下には、ブリー・ド・モーの場合、植物性のすのこが引いてあり、ここでまた余分な水分をだします。
6. チーズの上下をひっくり返します。
7. 塩をふります。チーズの側面にも、丁寧に手で塩を付けていました。
8. 霧吹きでひとつひとつのチーズにペニシリンを噴射します。
9. その後、乾燥室に置かれます、その間に白いカビが生えてきます。
チーズの白カビはLa fleur=花と呼ばれています。
10. 熟成室に運ばれます。写真上の熟成室の温度は6℃から10℃。
湿度は95%に保たれています。
下の写真のように、週に2回ほど、上下さかさまにひっくり返します。
手作業のチーズ作り
今回訪れたルゼーのチーズ製造工場は4つの部屋からなっています。
タンク室、製造室、乾燥室、器具洗浄室に区切られた各部屋で、忙しく作業される何人もの従業員の方にお会いしました。
チーズの元になる牛乳をタンク室から製造室に運ぶところから始まり、サーベルという大きなパレットナイフ状のもので、バケツの凝乳に切り込みを入れるのも、手作業です。
ペル・ア・ブリーというお玉ですくって型に入れるのも、チーズの元が固まった後に上下をひっくり返すのも、ひとつひとつに塩を振るのも、ペニシリンを霧吹きで噴射するのも手作業。
熟成室に並ぶチーズを扱うのも人の手です。
ひとつの金棚に2個から5個ほどチーズが載せられていて、その棚が20段ほども積まれています。
チーズの載った棚は、10キロ以上の重さがありますが、やはり一段一段、人がひっくり返しています。
年中真冬のように寒い熟成室での作業ははっきりと重労働です。
この製造所は、工場というよりも、「コウバ」と呼びたい規模でした。
ひとりひとりの受け持ちがはっきり分かれているわけではなく、熟練したチーズ職人の製造責任者の下、ひとりひとりが複数の作業をこなしているようでした。
ここではチーズを機械で作っているのではなくて、人が器具を使って作っています。
手で触れて分かる感覚が大事にされているのだと分かります。
今回ルゼー社を訪れて、熟練したチーズ職人が製造全般にかかわり、目をくばり、ひとつひとつのチーズを手間と時間をかけて作っていると自分の目で見て実感できました。
パリから近いトゥルナン・オン・ブリーで、チーズ作りを家業として3代に渡って続けてきている人たちに出会えたことは、非常な喜びでした。
私が申すのも僭越ながら、3代にわたってブリーを作るルゼー家だから、この日本において、珍しくも2代にわたってチーズの輸入販売を行う近藤家(*2)とはしっくりくるものがあり、これからよい仕事をしてゆけるだろうと感じています。
脚注:
(*1)AOP=原産地保護呼称
Apellation d’Origine Protegee(アペラシン・ドリジン・プロテジェ)の略で、AOC統制原産地呼称という。
伝統的製法で作られた高品質の食料品を広く一般の消費者に知ってもらうために作られたフランスの制度のEU版と言ってもよいもので、基本的に同じ役目を果たす。
AOPはEU委員会が定めるEU各国においての認証制度。
フランスでのAOC表示は今後EUのAOP表示に変わってゆきます。
(*2)近藤家
近藤家も、フロメックス・ジャポンの経営者でおられるお父様の文孝さん、FRマーケティング社長の功一さんと2代にわたってチーズの輸入、販売、マーケティング、コンサルティング業務を営む